塾運営者としての目標

★何よりも大切にしている指導理念

 

生徒を自立した人間にし、卒業してもらうため、

私が塾運営・生徒指導で何よりも大切にしている指導理念は、

 

・生徒が勉強の大切さに気づき、自分で勉強する習慣がつく

・どんな困難なことがあっても、それに立ち向かい、解決しようとする

・自分の人生を自分で切り開き、創造していく

 

という3点です。

 

高校合格によって卒業していった生徒や保護者から、「入学後もコツコツと自分で勉強しています」いう報告を受けると、この仕事をやっていてよかったなと心から思います。

成績上昇、志望校合格を目指すのは

塾として当たり前であって、ゴールではありません。

 

私は【生徒に塾を卒業してもらうため】

に塾を運営しています。

 

これはどういうことかというと、

 

例えば子育てのゴールが

子どもの精神的自立による、

親の子離れ、子どもの親離れだとすると、

 

【生徒が自立した人間になり、私から卒業すること】

 

塾運営・生徒指導のゴールだということです。

 


ここから先はジュエルプライド誕生までの柏倉の人生の歩みを細かく書いていきます。興味のある方はお読みください。

 

私は「勉強しなさい!」と言われた記憶がありません

 

私は小学校時代も中学校時代も、

「勉強しなさい!」と言われた記憶はありません。

(親の記憶では、実際は少しは言っていたらしいですが)

 

テストの結果も親から聞かれた記憶はないですし、

(なので自分から報告していました)

その他、ほとんど何も干渉されませんでした。

 

TVゲームをやりすぎていたときは、

「ちょっと今日はやりすぎなんじゃないの?」

という軽く言われる程度でした。

 

普段注意をされないので、

注意をされたときはすぐにやめました。

 

親は「言わなくても自分で動いていたから

あれこれ言わなかったんだよ」と言っていましたが、

 

私からすると、「言われなかったから、

自分から考えて動くしかなかった」のです。

 

卓球部に入っていたのですが、

部活の練習は1週間で平日は毎日。

土日は1日休みと、普通の中学生でした。

 

普段家では、ゲームをする日々でしたが、

進研ゼミと学校の宿題は必ずやっていました。

 

中3の部活が終わった7月にはゲームを完全封印。

受験まで1分もやりませんでした。

 

受験期間はTVは録画して、食事のとき以外見ない

ということを徹底していました。

※中1、2のテスト前もです。

 

塾には通っていませんでしたが、

家だと誘惑が多く、勉強に集中できなかったため、

土日祝と長期休暇中は図書館に通いつめました。

 

その努力の結果、中3夏休み以降に

30~50点近く点数が上がりました。

 

竹園高校を受験できるくらいの成績でしたが、

 

家から自転車で通える藤代高校に進学しました。

 

 

 

ただそれが全てよかったとは思っていません。

 

する必要のない苦労も

たくさんあったと思うからです。

 

「もっと自分に関心を持ってほしい」

 

と、心の寂しさがあったので、親以外の

 

・自分を認め、評価してくれる人

・的確なアドバイスをくれる人、

・親身に相談に乗ってくれる人、

 

そして自宅以外の居場所が欲しかったです。

 

そういった私の子ども時代の満たされない思いが

ジュエルプライドという塾の根幹にあるのだと思います。

 

そういったプラスもマイナスも含め、

「今の私があるのは全て両親の育て方のおかげ」

だと言えます。

 

 

 

 

 

父は仕事で帰りが遅く、朝は早かったので、

平日は父と子どもとの関わりはほとんどありませんでした。

 

長男は一番初めの子ども、さらに3男は知的障害でした

ので、母も子育てに必死だったのだと思います。

 

あるとき、兄が何もかもやる気がなくなるような

無気力状態になったことがありました。

 

学校のカウンセラーのような人に母親が相談すると、

「お母さんがガミガミ言うからです」

と言われたそうです。

 

指摘された後、しばらくは気をつけていても、

子どもの気になる点が目につくと

口を出す母に戻りました。

 

あなたの決意を全力でサポートしていきます

 

3兄弟が成人した今、「あんなにガミガミ言わなければ

よかった・・・本当に失敗した」

と自分を責める言葉を、母の口からよく聞きます。

 

そんな言葉を子どもが聞くと悲しくなるものです。

 

私の自立心が強く育ったのは、親が口を出さなかった

ということに加えて、親の「あなたなら何をやっても

大丈夫」という信頼があったからだと思っています。

 

これを読んでいるあなたには柏倉家のようには

なってほしくありません。

 

お子様を愛しているからこそ、無条件で信頼してあげ、

「関わる愛から見守る愛へ」関わり方を変えていきませんか?

 

ジュエルプライド、そして柏倉は

あなたの決意を全力でサポートしていきます。

柏倉の小中学校時代

 

ある日両親と昔話をしました。

「俺ってどんな子どもだった?」

 

すると両親どちらからも

「自立していたよね」

という答えが返ってきました。

 

柏倉の小中学校時代、

自分から勉強をし、 自分で志望校を決め、

自分からお手伝いもするような子でした。

 

夏休みの宿題は7月中にはほとんど終わっていました。

親からすると、手のかからない子どもだったそうです。

柏倉の中学時代の成績と受験勉強

 

絵や漫画を書いたり、プラモデルを作ったりが

好きだったこともあり、「手先が器用だね」、「上手いね」、

「お手伝いいつもありがとうね」「偉いね」、「すごい」、

「頭いいね」、などいつもほめてくれていました。

 

そういった言葉が私の自信を形成していきました。

そんな日々が結果、自立につながったのだと思います。

 

私の中学校時代の成績は

 

・部活中は350~400点 (200人中50位前後)

・部活引退後は400~450点 (3~30位前後)

くらいでした。※500点満点

 

・最高順位は学年3位

・最高点数は456点

でした。※中3最後の学年末試験

 

通知表は主要5教科で20~23。※オール4だと4×5=20

9教科で36~43。※オール4だと4×9=36くらいでした

 

 

 

今の私があるのは、全て両親の育て方のおかげ

 

そういう生き方をしてきたので、

大学入学後は一人暮らしをすることも、

親から仕送りをもらわないことも、

就職先も、退社することも、独立することも

何もかもを自分で決めてきました。

 

もちろん何か大きな決断する際に、親に相談したり、

アドバイスをもらうこともありました。

 

しかし親から「こうしなさい」と言われたことはなく、

「自分で決めたんだから、そのようにすればいい」

という感じだったように記憶しています。

 

そもそも相談するときにはすでに答えは決まっていたので、

親が意見してきても考えを曲げなかったと思います。

 

自分で言うのも気が引けますが、

自分の生きたい人生を創っていくために

それだけの努力をしてきたという自負があります。

 

 

ガミガミ言われ続け

自立心を失った兄

 

私は男3人兄弟の次男なのですが、

違う育てられ方をされた1歳年上の兄は

私とは全く違う思いを親に抱いていました。

 

どういう育てられ方だったのかをシンプルに言うと、

【兄にはガミガミ言い続け、弟(私)には何も言わない】

という育てられ方です。

 

兄は小中学校時代、母親から

 

・勉強しなさい!

・早く準備しなさい!

・なんでできないの!

 

など毎日口うるさく感情的に怒られ続けていました

 

 

 

兄は行動を注意され続けていたため、次第に言われないと

自分から動けない人間になっていきました。

 

そして怒られ続けることで自分に自信がなくなり

性格は消極的になっていきました。

 

ついに爆発。

 

高校時代に家庭内暴力を

ふるうようになりました。

 

「こうなったのは、すべておまえの育て方のせいだ!」

と母親に毎日のように言っていたのを私は聞いています。

 

自己肯定感が育っていなかったため、社会に出てからは

人間関係で上手くいかず、統合失調症になり、

病気ゆえに正社員になれず、アルバイト生活、

体型もかなりの肥満体型になってしまい、

友達もほとんどおらず、恋人はできたこともなく、

今でも実家暮らし。

 

もちろん長男、次男の違い、生まれつきの性格の違いは

あると思いますが、同じ兄弟なのに、両親に対する気持ちが

180度違ってしまいました。

 

 

※現在家族は平和に暮らしておりますので、ご安心ください。